原爆の日

今日は68回目の原爆の日でした。

広島県民の私たちは小さい頃から学校で平和学習をしていました。
原爆の日の間際には必ず登校日があったものです。

原爆被害を受けた写真が壁一面に設置された体育館で
原爆の悲惨さを訴える映画やスライドを見る。
これがお決まり。

8月初旬の暑さの中、暗幕で覆われた薄暗い体育館に原爆のパネル写真。

それだけで恐ろしかった。
毎年 「見たくない…」、と思いつつ、でも否が応でも見なくちゃいけない…。
上映が終わり、暗幕が開けられると体育館が一気に明るくなり心底ホッとしたものです。

小さい頃から何度も原爆の悲劇を映像で見ることで平和の大切さや核兵器の恐ろしさを
現実のものとして受け止めることができ、やっぱりこういう平和学習は必要だと
今、改めて思います。

また、平和資料館の被爆の再現人形。
これは、リアルでインパクトありすぎて本当に怖い。
それを今後撤去するという計画だそうで・・・。
撤去の理由は、怖すぎるから とも言われています。


しかしねぇ・・・
私が近頃よく感じること。
最近の世の中は、何でもオブラートに包んでしまい まず『考えさせる』ということばかり
言っているような気がします。

それも大事なのかもしれませんが、もっと"直球"で訴えていかなくちゃいけないのではないのか?

特に、目からダイレクトに受ける衝撃的な情報というのは、ずっと脳裏に焼きついているもの。

怖すぎるから止める。
悲惨すぎるから見せない。

ではないと思います。


実際、うちの子たちの話を聞く限り
今の小学校の平和学習は、私たちの子どもの頃よりずっとずっとゆるい感じです。

戦争が、原爆が、どんどん過去のことになってしまいそうな…

被爆者や戦争経験者も今や高齢になり、そのうちゼロになってしまったら…
本当に『昔の出来事』『歴史の一つ』という認識になってしまうのではないか?

それに対して恐怖というか、危機感を感じずにはいられません。
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by ks-wishes | 2013-08-06 23:18 | life

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